先日開催され、遂に初参加が叶った「ウイスキートーク福岡2019」。
そこで行われた有料セミナー「鹿児島ウイスキー維新」の熱量に溢れた素晴らし過ぎる内容を、記憶の限り全てお伝えする記事の後編です。
前編では津貫、嘉之助のニューポット(熟成前の原酒)をそれぞれ紹介しました。
(前編)この感動を伝えたい。ウイスキートーク福岡2019「鹿児島ウイスキー維新」の内容が、新時代の幕開けを感じさせるくらい素晴らし過ぎた。
後編は、ニューボーンの紹介から質疑応答まで!
前編で紹介したニューポット(熟成前の原酒)の紹介に続いて、セミナーはニューボーン(熟成3年未満の原酒)の紹介に移りました。
後編では、それぞれの蒸留所のニューボーン(3年未満の原酒)について解説しながら、鹿児島からの熱い思いを覚えている限りお伝えしたいと思います。
最後に少しだけ質疑応答の時間もあったので、そこで触れられたことについても書きたいと思います。
嘉之助:ニューボーン1(kNB1)
ニューポット1をリチャードバレルで12ヶ月、驚きの仕上がり
ニューボーンのトップバッターは嘉之助蒸留所から。私にとってもこれが嘉之助のニューボーンとの初邂逅になりました。
前編でも紹介した「嘉之助ニューポット1」を、「リチャードアメリカンホワイトオーク焼酎バレル(※)」で12ヶ月熟成したものです。
樽種を見ただけでも、焼酎造り130年以上、樽熟焼酎造り60年以上に渡る小正酒造の矜持が強く感じられます。
そして小正氏の口から飛び出した「初年度のエンジェルズシェア(※)が約8%」という言葉に、会場からはどよめきが。鹿児島在住の天使たちの肝臓の状態が心配になるレベルの高さです。
このニューボーンに使われている「嘉之助:ニューポット1」、前編でも紹介した通り重めの酒質で、個人的には少し雑味も感じる印象でした。リチャーしたバレルとはいえ、12ヶ月という短い熟成期間でどうなるのだろう?と思いながら口にしたわけですが…
うっま!!
何これ!!
うっっま!!!
樽由来の甘さで飲ませるタイプで、しっかりとした芳醇な樽香が原酒の若さを目立たせません。現段階でも十分に仕上がった印象の味わいです。ニューポットの段階で感じた重さも複雑さに転じていて、香味に奥行きを与えています。さらに、餡子を思わせる独特の甘さが現れたのも印象的でした。これは焼酎バレル由来の個性なのでしょうか。
正直、飲みながら3回くらい驚きました。
今回出された中で一番ビックリしたサンプルです。
嘉之助蒸留所の動向は今後も要注目だろうと思いました。
※知らない人向けのウイスキー関連用語を解説します。
リチャー、リチャード(rechar, recharred):charは炭にするとか黒焦げにするという意味の英単語。ウイスキー関連におけるrecharは何度も使用した樽の内側にあらためて火入れをし直し、再使用可能な状態にすること。樽の内側をあらためて焦がすことで、樽由来の成分が再抽出可能となります。
アメリカンホワイトオーク:樽に使われている木材の種類。ウイスキーの熟成に使われている樽材としては一般的。何故なら最も使用率の高いバーボンバレルが全てアメリカンホワイトオーク製だから。
バレル:樽の大きさを表す用語のひとつ。容量は約180Lから200Lで、ウイスキーの熟成に用いられる樽のサイズとしては一般的だが、全体としてみると中型というかやや小型に分類され、熟成の進みは比較的早いという認識でOK。ちなみに樽のサイズはざっくりと次のようになっています。オクタブ(48-60L、だいたいがフィニッシュなどの特殊用途) < クオーターカスク(約125L、同じく特殊用途) < バレル(180-200L、一般に熟成用) < ホグスヘッド(約250L、一般に熟成用) < バット、パンチョン(約500L、一般に熟成用)
エンジェルズシェア:樽に原酒を詰めた後の熟成期間中に気温や湿度などの環境要因による揮発や樽材への吸収によって原酒が樽中から失われていくこと、およびその比率。日本語訳はまんま「天使の分け前」。スコットランドでは年間約2-3%なので、鹿児島がどれだけ温暖なのかがよく分かります。ちなみに容量%なのか重量%なのか誰か教えてほしい。あと液漏れは含まないでいいんだよね?そこも教えてほしいです。
津貫:ニューボーン1(tNB1)
3.5ppmのライトピート原酒を約2年熟成。不思議な奥行き
続けて津貫蒸留所のニューボーン1(tNB1)。
津貫で初年度に仕込んだ3.5ppmの原酒を約2年寝かせたものです。後で御本人に伺ったところ、樽種は1stフィルバーボンバレル、樽提供元はフォアローゼスとのことです。
3.5ppmでどれくらいピートを感じるかと言われると、草野氏曰く「積極的に取ろうとしない限り、ほとんど感じないレベルです」とキッパリ。実際そうでした。
しかし続けて「0ppmと3.5ppmでは、味わいにおいては全然違う」と草野氏。
そして小正氏からの「3.5に刻んだ意味は?」という質問に対しては「深く考えていなかった」とのこと(笑)
tNB1の味わいは全体的に華やかで、熟成年数通りに乗った穏やかな樽香に加え、ほんのりと焚かれたピートに由来するのか不思議な奥行きがあります。草野氏の言う通りピートレベルが0ppmだったとしたらこの奥行きは出なかったのでしょう。
今の日本のウイスキーの造り手の中で、もっとも実験精神に溢れる人物だと私が思うのは草野氏なのですが、このニューボーンでは彼の試行錯誤、work in progressを、そのまま味わせてもらった感じがしました。
途中で話が少しだけ「麦芽の価格」についてに移りました。
スコットランドから麦芽を輸入する際、ノンピートの麦芽が一番安く、50ppmのようなヘビーピート麦芽は価格が高いそうです。
では3.5ppmのようなライトピートはそれ程高くないのか?というと全然そんなことはなく、「どちらかというまでもなく50ppmの麦芽の価格に近い」のだそうです。
閑話休題、三宅製作所は凄いという話
三宅製作所のホームページ:http://www.miyake-seisakusyo.co.jp
お互いに持ち寄った原酒も後一つずつとなったところで閑話休題。
津貫蒸留所も嘉之助蒸留所も、導入している設備が群馬県高崎市に工場を持つ三宅製作所製ということで、「三宅製作所のモノづくりが如何に素晴らしいか」という話になりました。
草野氏曰く、
「津貫のグリッツは他の蒸留所と比べるとたぶん小さいです。三宅製作所のマッシュタンの凄いところは、小さいグリッツでも全然詰まったりしないんですよ。それにポットスチルも溶接面とかがすごく綺麗。見ていて惚れ惚れします。」
とのこと。
完全に変態の視点でした。
これは褒めてます。変態という言葉は最高の褒め言葉としてグローバルスタンダードです。
小正氏もこれに同意して、お互いに
「フォーサイスではなく三宅のものを使っていることにも注目してほしい。」
と意気投合。
おっとここにも変態が。
もちろん完全に褒めてます。
そこから
「道具も含めてオールジャパニーズウイスキーを目指したい。」
という胸熱すぎる会話に。
…。
マジかっこいい。
もう一回言っていい?
マジかっこいい。
はい、ぶっちゃけ目頭がちょっと熱くなった私も、やっぱり変態でした。でもどうせこれ読んでるやつなんてだいたいみんな変態だろ?知ってるんだよ?褒めてるよ?
津貫では鹿児島産の麦芽を使った原酒造りにもチャレンジしているのだとか。ただし国産麦芽の価格は海外産の約10倍だそうです。
嘉之助:ニューボーン2(kNB2)
kNB1のヘビーピートVer、熟成7ヶ月
この辺りから残り時間の関係で、少し駆け足での紹介となりました。
さて次の「嘉之助蒸留所:ニューボーン2(kNB2)」は50ppmのヘビーピートです。
kNB1と同様にラインアーム下向き、ストレートヘッドのポットスチルで再留した酒質重めの原酒を、リチャーしたアメリカンホワイトオークバレルで7ヶ月熟成したものです。
味わいは50ppmというヘビーピート(アードベッグやラフロイグと同じくらいの強さ)にも関わらず、私自身はトップノートでピートよりもむしろ樽由来の甘さのほうを強く取りました。香りの段階ではピートは甘さの後ろから穏やかに現れる印象です。しかし口に含むと磯っぽいピートがしっかりと主張してきました。
磯っぽいピートとはいえ、アイラモルトのようなピート感とは少し印象が異なり、個人的には「レダイグ」のピート感が一番近かったです。
樽の甘さが充実しているため、ピートと樽の甘さでしっかりと飲ませるという、こちらも現時点で既に仕上がりつつある印象のニューボーンでした。
津貫:ニューボーン2(tNB2)
ラストは津貫の50ppm。tNB1との比較の中で、今後の津貫をピートの先に見る
ラストは津貫のtNB2、50ppmのヘビーピート原酒です。
こちらもtNB1と同じく津貫創業初年度の原酒を約2年寝かせたもので、後で御本人に伺ったところ、樽種はtNB1と同じく1stフィルバーボンバレル、ただし樽提供元はジムビームとのことでした。
tNB2を紹介するに当たり、まず「津貫のニューボーン1と2では、ピート以外の要素を伝えたいというか、ピート以外の部分を見比べてほしい」と前置きした草野氏。
それから
草野氏:「このニューボーン2はバランスが良く、完成度は高いと思っています。今回ニューボーンで出した原酒はどちらも津貫初年度の原酒ですが、こちらの2は初年度の最後のほうに作ったもので、当時試行錯誤を繰り返しながら、かなり気合を入れて「これぞ!」というくらい綺麗に作ったヘビーピーテッド原酒です。
今回2年経ったものを飲んでもらうわけですが、実際に熟成させたものを今あらためて飲んでみると、tNB1のほうは雑味はあるけど何だか面白い感じに、こちらのtNB2のほうは綺麗すぎるというか面白みに欠けるというか、そういう印象が自分の中にあります。なので、今はこれほど綺麗には原酒を作らなくなりました。
もちろんこの原酒も、熟成を経れば十分に美味しくなるだろうと思っています。でも両者を比べると、ピートを除いた味わいの『その先の部分』に、もしかしたら足りないものがあるかも知れないと、今は思っています。
tNB1の、雑味はあるけど何だか面白い感じと、tNB2のピート以外の綺麗過ぎる感じ、そこを比べてみてほしいです。」
とのことでした。
tNB2はまさしく雑味の少ない、澄み切った印象のヘビーピート原酒です。
正直に言って今の段階で、これは美味しいニューボーンだと思います。
しかしウイスキーは熟成を経て完成するお酒であり、今回、草野氏は明らかに『理想とするシングルモルト津貫の未来の姿』を見据えながらサンプルを選んできたのだと思います。
前編の冒頭挨拶で草野氏自身が語った
「ふわっとしていたものが、少しずつ形になりつつある」
という言葉を思い返しました。
ウイスキーは出来上がるまでに最低でも3年以上の熟成しなくてはならないお酒です。
だからウイスキーの飲み手は、造り手がそのとき未来に見据えた景色を見るために、短くても3年、長いときは数十年という、気の遠くなるような時間を待たなくてはなりません。
このときほど、そのもどかしさを切実に感じたことはありませんでした。
しかしだからこそ、ニューポットやニューボーンを造り手と共に味わうことは、造り手の見ているのと同じ景色を、同じ場所から垣間見ることのできるほとんど唯一の機会と言って良いでしょう。
最後の原酒を飲みながら、そんなことを考えました。
質疑応答
最後に質疑応答を御紹介します。
残り時間も少なかったので質問出来たのは2人でしたが、運良く僕も質問させてもらうことができました。
質問1:鹿児島産の麦芽は海外産の10倍の価格という話だったが、それは味わいにも反映されるのか?
回答(草野氏):美味しくなるかどうかは、正直なところ作ってみなくては分からない。ただしスコットランド産の麦芽を使ったものとは確実に違う味わいになると思う。しかし現段階では「輝いている」わけではないというのが正直な印象。そういう意味で不安はある。スコットランドの麦芽はプリプリとして美味しいですから。もし今後ジャパニーズウイスキーに国産麦芽を使用することを本格的に推し進めるなら、おそらく麦芽の品種改良から考えていく必要が出てくるのではないかと思っている。現段階ではまだそのレベルには至っていない。
質問2(僕):鹿児島の二つの蒸留所の今後と、日本のウイスキーの今後に非常に期待が持てる素晴らしいセミナーだった。一人の飲み手としては様々なボトルを飲みたい。両蒸留所は地理的にも近く、例えば「津貫原酒の嘉之助エイジング」や「嘉之助原酒の津貫エイジング」、「両蒸留所のニューポットをヴァッテッドしたものを樽詰めして熟成させる」など、他にはない試みが出来るのではないかと感じた。今後コラボの予定はあるのか?
回答:そのコラボはとても面白いと思う。検討したい。
追伸:後日伺ったところによると、このとき僕がした質問をきっかけに会議が開かれ、もしかしたら両者のコラボボトルが何らかの形で実現するかも知れないとのことです!!
おわりに
これだけ真摯にウイスキー造りに取り組んでいる2人の造るものが、美味しくないわけがない
これはセミナーの締め括りとして、進行役であるバーライカードの住吉氏が語った言葉です。
今回のセミナーを締め括るのに、これ以上相応しい言葉はないでしょう。
日本のウイスキーの未来を明るく照らすような、鹿児島の2つの蒸留所のひたむきさに触れることのできた、素晴らしいセミナーだったと思います。
津貫、嘉之助の両蒸留所は、同じ土地にあって異なるバックグラウンドを持ち、今後造る原酒の質や方向性もおそらく異なります。しかしお互いに熱意を持ち、切磋琢磨し合って、真のジャパニーズウイスキーを鹿児島の地で作り上げようとしています。
津貫の草野さん、嘉之助の小正さん、ライカードの住吉さん、素晴らしいセミナーをありがとうございました。
この記事を読んでくださった皆さんにも感謝すると共に、会場での熱量と臨場感が少しでも伝わればいいと思います。
最後に両蒸留所のホームページのリンクと、バー・ライカードのTwitterのリンクを貼らせていただきます。
津貫蒸留所:https://www.hombo.co.jp/factory/mars-tsunuki.html
嘉之助蒸留所:https://kanosuke.com
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